今回も若い女性の参加が多かった、福島移住交流会

昨日は、福島県の県北地区の移住交流会に参加しました。

中通りの県北地域の女性限定の交流会でした

県北地区で一番大きな市は県庁所在地の福島市です。

なので、実質的に、福島市への移住を目的とした交流会となりました。

今年の10月に福島県の会津若松市への移住体験ツアーに参加した時、参加者に、おそらく20代の、今風な女性が多くて驚きましたが、今回も、若い女性が多かったです。

今回、もしかしたら、私が最年長だったかもしれません。大学はこちらだけど就職でUターンを検討しているという女子大生も参加していました。

私は大学時代は福島市に住んでいました

私は、福島県喜多方市出身で、福島大学に進学し、就職で東京に来ました。

なので、福島市には4年間住んでいました。女子大生のバイトの選択肢に、福島市の近くにたくさんある温泉地のコンパニオンが普通に入ってくるようなところではありましたね。

一応国立大学だったのですが。

国立大の大学生の一番稼げるバイトが温泉のコンパニオンて、という感じは、今考えてもしますし、何が言いたいかというと、仕事が本当にないってことだったんだよな、ということです。

当時の地元の子達・・・

大学の外で知り合った同い年の女の子は、高校卒業後に、近くの温泉街の住み込みの仕事で就職したそうなのですが、知り合った頃は、日雇いの派遣をやっていました。

その地元の子は、男性を利用して、上手くいきられる人だったので、最後に会った時は、駅ビルのショップ店員になってたりとパワフルではありました。

その彼氏の前に付き合っていた年下の高校生は、卒業したら東京に行くことが決まっていたりと、まあ、どこも同じだと思いますが、福島市は、15年前は、若者が都会に出て行く地域の一つでした。

当時の県庁のお姉さんたち

今でこそ、レッスンという形で接客業もやっている私ですが、当時はそんな感じではなく、コンパニオンはやらなかった私は、福島県庁では3ヶ月ぐらいバイトをしました。

当時はおそらく、かなり人をバカにした雰囲気を纏っていた私は、入ってすぐに、偉い人に掃除を命じられたのですが、ススでくすんでいた大きな本棚をすごく綺麗に磨いたら、認めてもらえました。

そんなベタな話があるんだねという話です。話がそれましたが。

県庁には、職員にお茶を出したり、資料を部署から部署に届けたりするのが主な仕事の、臨時職員の女性がたくさんいました。

20代半ばぐらいの女性が多くて、時代を感じますが、元ヤンだったのかな?という、強気な女性によく面倒を見てもらっていました。

そのお姉さんは、彼氏と順調そうだったので、今は結婚していると思いますが、福島市で、仕事が見つからなくて、期間限定の県庁の臨時職員になっていたのですよね。そういう感じの人が多かったんじゃないかと思います。

そこには、臨時職員時代に、就職のツテを見つけて、県庁と関係がある会社の社員に昇格した、30代ぐらいの女性もいました。

みんな優しかった・・・

大学に馴染めなかった私は、地元の人たちとの交流の方が多かったのですが、今思い出すと、みんな本当に優しかったです。

会津の人とはまたちょっと違うんですよね。

会津の人も、懐に入りさえすれば、温泉のように、限りなく愛情深いのですが・・・、福島市の人は、そこまで重くないと言いますか・・・。

歴史的に、東京と仙台の通り道にある場所で、いろんな人の行き来がある場所でもあるので、人を受け入れたり送り出したりすることに慣れているのかもしれませんね。

会津の人の気質は「剛」だと思いますが、福島市の人たちは「柔」なのかもしれません。

昨日の交流会で、仕事や景気について積極的に質問した私

青山のサロンで、楽しく交流して、移住の夢をみて終了。

でもよかったのかもしれませんが、私はそれではよくないですし、ゲストの2人が、福島大学の就職支援の仕事をされているということもあったので、仕事について色々聞きました。

最初は、「田舎の方が仕事があるんですよ。」という感じだったのですが、だんだん、「事務職は人気があるから難しい」、「サービス業ならある」、「介護だったらいっぱいある」という話になっていきました。

まあ、そうですよね。

自分の20代を考えても、こんなに優秀な私であっても、20代は、東京で会社員をやっていなければ、一人では生きられなかったと思います。

移住を考えている若い女性達だって、そうだと思うんです。

そうなると、サービス業になっていくしかなさそうな雰囲気が感じられました。

まあ、それが今の現実なら、変えていけばいいだけですし、それこそが、私が福島県でやりたいことではあります。

大学生が温泉のコンパニオンを普通にやるようなところ・・・

何かこう、女性の労働力が軽く見られている部分が、少なくとも15年前の福島市にはあったのだと思うし、なんか、今もありそうだなと感じました。

「介護」が悪いとは言いませんが、でも、何か、夢を見させるようなことばっかり言って、移住という現実に動いた時、田舎の悪い現実を彼女達に突きつけることになるのは、福島県出身の人間としていやだなと思います。

今の60代ぐらいまでの人なら、福島県でも、聞き取れないほど方言がきつい人はそうそういないと思います。

でも、それより上の、介護される人たちは、方言もきついだろうし、生活習慣だって、都会育ちの20代とは全く違うと思うのですよ。

そうなった時に、言葉も通じない、風習も違う地方のお年寄りの介護をして、たいしたお給料ももらえず、都会なら、駅に行けば今の時期、イルミネーションをただで見ることもできますが、そういうのもない田舎で、ひとりぼっち、というのが移住の現実になったら、いやだなあと、私は思いました。

若い女性の移住支援は低コストで、地域活性の効果が高い

これは私なりに考えた、私の考えです。

とはいえ、20代、30代前半ぐらいで、これから地元の男性と結婚して子供をうむ可能性がある若い女性が、向こうから、地元に来てくれるというのは素晴らしいことですよね。

地元の人たちだって華やぐことでしょう。

少子高齢化に歯止めをかけることだって期待できますよね。

定住に必要なのは心の支援

若い女性が一人で移住して来た場合、もちろん、住宅の支援などもあった方がいいとは思いますが、孤独にさせないことが大切なんだと思います。

なので地元の女性との姉妹制度を作ればいいんじゃないかと、私は、昨日、交流会が終わってから一人で考えていました。

地域のベテランの女性と、移住して来た、これから移住したい女性が、交換日記か文通をするのです。

昔、会津のお菓子メーカーの「太郎庵」では、実際に姉妹制度を社員教育に使っていましたし、一定の効果が認められるものなんですよね。姉妹制度。

あとは街コンのようなものを

地元の同世代の若者たちと知り合う機会を定期的に作ってあげればいいと思うんです。

それで地元で結婚相手が見つかれば、誰にとっても素晴らしい展開ですし。

私自身、転職を繰り返したり、フリーランスになったりという人生で、お金には結構苦労しています。

有料だと、お金を節約したい、今月はいけない、と、出てくるので、移住して来た女性は無料で参加できる交流会を、定期的に、地域が開いてあげてはどうでしょうか。

そんなわけで低コスト

姉妹制度は、地元からボランティアで、お姉さんを探せばいいですし、月に一回の飲み会だって、男性や地元の女性は会費制にすれば、地域に負担になるほどお金がかかるわけではないですよね。

でも、そんなことだけで、多少仕事がきつくても、若いうちなら頑張れる、ということもあると思うのです。

地元の若者にとっても色々刺激になるでしょうし。

そういうの、あればいいのになと、いろいろ考えました。

とはいえ、地元の会津にいた頃は、子供だったので、地域の現状のようなことは、何も知らないと言ってもいいぐらいですが、福島市にいた時は、大学生だったので、色々わかるようになって来ていて、同世代の人たちの現実を見ることもあったということで、なんだか、こんな長文を書いてしまうぐらい、色々考えた交流会になりました。
きのう参加したのはこちら

この記事を書いた人

古川 恵子

会津の塩川町出身、福島大学卒業後、上京して就職、以降、4回の転職を経て2010年からフリーランスで東京で活動しています。最近は会津地方を中心に、福島県での仕事を広めるべく活動中。ワードプレスでの情報発信講座などご相談ください。